
やまぐち ひろえ
1968年春生まれ
22歳からエステティックの世界にいて、こころのヒーリングをしたくなったので脱出
2003年〜2008年まで5年間左京区で「セートクルール」として活動
その後一時活動を休止
2008年秋 移転とともに「なないろあそび」として活動再開
08年、命に関わる病気をしました
それがわたしの40代の幕開け
治療を受けながらいままで自分が知り得た自然療法や精神世界のことを総動員して
身体を治すことに専念しました
「闘病生活」という言葉は似合いません
闘うべき相手は病ではなく弱気な自分
病気はいろんなものをわたしにくれました
愛・感謝・勇気・謙虚さ・手放す・ゆだねる・受け取る
許すという感覚・許されるという感覚
奇跡もたくさんあった
自分がいろんなじぶんとつながっていく感覚
「あ〜しあわせ」って毎日つぶやいてた
この一年はこころ、からだ、スピリット、をずっとみつめて過ごすことになりました
食べること、
身体をいたわること、
世界で起こっていること
全部つながっているように感じて・・
ALL ONE って視線でもっと世界を見たならば
わたしがしあわせでいることが誰かのしあわせになるんじゃないかな
そんなふうに思いました
セートクルールからバトンタッチしたなないろあそびでは
そんなこと、伝えて生きたいと思います
これまでのわたし
平均寿命の半分を生きて、自分の人生を振り返ってみると
子供時代のわたしは頑固一徹・融通のきかない”超”優等生でした
親や先生の言うことは”絶対”と思っていたから
周りの顔色を伺うことが当たり前の毎日でした
母を亡くしてからはさらにそんな傾向が強まり
固く心を閉ざした10代を過ごしました
今思うとなんてもったいない++
花の10代台無しです
でも・・そうまでしなければ
あの日々はきっと乗り越えられなかったと気づいてからは
そんな固くなささえ愛しく思えます
社会に出てからは外の世界に触れ
少しずつ、余裕ができるようになりました
でも性格なんですね++
”手を抜く”ってことがわからなくて
どんなにしんどくても仕事に行ったし
まわりにいくら言われても”気楽に”ってことがわからない人でした
ほんとうに自分の体も心も無視して夢中で働きました
働くことが楽しかったんです
そして・・そのツケはやってきました
心も体もついに限界がきて
うつ病と様々な体調不良に悩まされました
いくつも病院に行き、いろんな検査を受けました
最終的に病名は付いたのですが
薬を飲んでも体は楽にはなりませんでした
検査の数値的には正常なのに・・
生まれてはじめてのずる休み
髪の毛が抜け落ちていく
眠れない、食べれない・・
体重は40kgを切り、立っているのがやっとでした
そんな頃にヒーリングの世界に出会いました
こころの傷
体の声
自分の生き方
いろんなことを見つめなおす時間が始まりました
すぐに良い方向に向かえたわけではありませんでした
くねくねと先の見えないながーいトンネルの中で
毎日まいにちあがきました
やっと落ち着いたと思ったら
またどん底ってこともありました
こころも、からだも、自分のことを大切にするようになって
”気楽に”ってことがわかりはじめたころ
いつの間にかトンネルから出ている自分に気づきました
今でも悩んだり、落ち込んだりするけれど
ながーいトンネルを抜けた自信が”大丈夫”っておしえてくれています
あなたは今、どんな道を歩いているのでしょうか
その道をわたしが代わりに歩くことはできないけれど
わたしの経験が何かの役に立てたらいいなと思います
| HOME|前世療法|インナーチャイルドセラピー|光の言葉セラピー|クリスタルセラピー|ヒーリング講座|セラピー体験談|
| フェイシャル|ボディ|セラピストプロフィール|ブログ|BBS|ご予約・お問い合わせ|アクセス|リンク|
coyright(c)2004-2008 nanairoasobi Allrights reserved.